理工系離れ、理科系離れ、理系離れ
  科学技術を振興させようという動きが活発になっています。そのため、理工系離れ、理科系離れ、理系離れ、理科離れを食い止めようと多くの人が考えています。しかし、それに成功すれば、理工系、理科系、理系の地位は経済原理に照らして低下するでしょう。理工系離れ、理科系離れ、理系離れ、理科離れは当然の現象なのです。

子供向け(わかりやすいもの)はこちら

直線上に配置

I.理工系離れ、理科系離れ、理系離れ、理科離れは当然である

1.待遇の点で不利な理系

  理系は専門分化が著しく、若い頃に専門的なことを多くやる点で、不利な側面があります。理系が専門的なことをやるうちに、文系は色々な経験を積んでいます。そして、歳をとった頃には理系は専門的な力が落ちています。文系は歳をとってから力が伸びます。だから、理系の人は晩年に不利になりやすく、文系は出世しやすくなります。

 理科系の能力のピークは文系より若いうちにあります。理科系の若いうちの待遇を文科系より高くして、生涯賃金が釣り合うようにしなければなりません。今は、そうなっていないので、生涯年収が違うようです。いわゆる文理格差の問題です。理工系離れ、理科系離れ、理系離れの背景には、文理格差の問題があります。



2.社会の上層部は文科系が多い 

 政治家、企業の社長、高級官僚、裁判官などは、多くは文科系です。理系は出世しても工場長、研究所長どまりという悲観論もあります。実際にはそれより上に行く人もいますが、文系よりは少ないのです。政治家の上層部(特に総理大臣や閣僚レベル)、高級官僚(特に事務次官レベル)、裁判官などでは、文系がほとんどです。たとえば、理系の総理大臣は戦後はほとんどいません。官庁の上層部に理科系を探して見てください。この点でも、文理格差は存在しています。



 理科系でノーベル賞を取った人を見てください。ノーベル賞を取る直前のその人の待遇はどうでしたか。最高の発明をした人の待遇を見てください。その人の手元にいくら残ったのですか。高級官僚の生涯年収を越えたとはとても思えません。経済団体の会長の方が、ノーベル賞受賞者より、少なくとも日本の中では社会的な影響力があるでしょう。モーツアルトより、大司教の方が力があったようにです。しかし、人類に対する貢献、社会への貢献度はとても大きいのです。人類に多大の貢献をした人の待遇は、文系・理系を問わず、それにふさわしいものになっていません。理工系離れ、理科系離れ、理系離れを防ぐには、トップレベルの待遇を改善して夢を与えることも重要です。



 アメリカの国力は、どこから来ているのでしょうか。アメリカは欠点もあるけれども、すごい国です。あの国は優秀なる理科系を優遇しているからこそ、あれだけの国力があるのです。日本の文系の上層部の人も、アメリカには頭が上がりません。日本の文系と理系が協力すれば、日本の国力は飛躍的に上がるでしょう。理工系離れ、理科系離れ、理系離れを防ぐだけではなく、積極的に人材を活用することが、国力の増加に役立ちます。

3.就職は少し良いこともあるが、結局、出世しにくい待遇の就職になっている

 理工系の方が、就職に少し有利という考えもあるでしょう。でも、別に待遇が良いわけではないでしょう。結局、出世しにくいのであり、待遇ではなく、就職が良いだけです。若いうちは良くとも、理科系は専門分化が激しいので、年齢とともに能力が落ちやすいのです。そして、歳をとるにつれて待遇の差が大きくなっていくのです。理工系離れ、理科系離れ、理系離れには、このような背景もあります。


II.理工系離れ、理科系離れ、理系離れ、理科離れを食い止めることは残酷である 

 日本は、理工系離れ、理科離れ、理系離れを食い止めようとしています。この国が傾いていくので、理科系を増員し、科学技術により、日本の競争力を高めてほしいという動きがあります。そのために、理科系の人の数を増やそうという大合唱が今後も続くでしょう。理工系離れ、理科系離れ、理系離れを食い止めるために、このこと自体は必要なことでしょう。しかし、理科系の人の数を無理に増やせば、待遇はますます下がるのであり、経済原理に反したことは実現できません。



 子供たちに理科教室を開いたりして、理科離れを防ごうとするでしょう。理科に興味を持たせて、そちらに進学させるように仕向けるためです。でも、親は良く知っています。自分の子供が理科に興味を持たないようにするでしょう。理科離れです。

 科学アニメ等を子供に見せて、科学に興味があるようにしようとします。でも、親は知っています。このようなものを見せないようにするでしょう。理科への興味は断ち切られるのです。理科離れです。

 科学に興味を持つように、イベントを開きます。でも、親は知っています。男子であれ、女子であれ、このようなイベントに参加させないようにするでしょう。理科が好きにならないように無意識のうちに振舞うのです。あるいは不遇であることを色々な形で子供に伝えるのです。理科離れです。

 あらゆる手立てを尽くしても、社会の現実を知っている人の目はごまかせません。子供達の幸せをちゃんと考えているのです。子供自身も、敏感に社会の流れを感じ取り、理科離れをしているのです。今は情報化社会なので、子供達も、はっきりと、あるいは薄々と感じ取るのです。昔のようには行きません。

 もし理科離れを食い止めるならば、原因の除去、すなわち、理科系の社会的な地位や待遇が高くなければ難しいでしょう。待遇の問題を無視して、理工系離れ、理科系離れ、理系離れを食い止めるのは、情報化社会が進んだ現代においては、難しくなってしまったのです。



III.理工系離れ、理科系離れ、理系離れにより待遇は持ち直すのか

 志望者が減ることによって待遇が持ち直すのではないかという淡い期待を一度でも持ったとすれば、その人は理科系人間でしょう。文科系の人はもっと社会を冷徹に見据える目があるようです。

 私も淡い期待を持ったのですが、今は反省しています。恐らく、理系の地位向上運動がなされない限り、持ち直さないでしょう。志望者が少なくなれば、数を増やしたい人々は、奥の手を使ってでも、何としてでも増やすでしょう。それは、どんなことをしても止まることはないでしょう。そのことを知らないのが、典型的な理科系人間です。

 手段はいくらでもあります。一つには、外国人労働者の導入です。中国やインドには安い賃金で働く人は大勢います。志望者は減るどころか、今後、爆発的に増えるのです。利益追求により、理工系、理科系、理系の待遇は、さらに下がっていくでしょう。

 しかし、その前に、理工系離れ、理科系離れ、理系離れが深刻な問題であると宣伝するのです。宣伝を信じて、「これからは理工系の時代だ」などと思って、理工系離れを食い止めるためにそちらに進む人が出れば、このような手段を使わなくてすむからです。理工系離れのマスメディア等での報道を、今後の理系の待遇が改善される兆候と解釈してしまうのは、典型的な理系人間です。判断力の弱い若い人が犠牲になります。理工系離れはいけないことだという耳障りの良い情報が流れるでしょう。しかし、知っている人は知っています。社会の現実がどのようなものであるかを、通常は、親が一番良く知っているでしょう。かなり多くの親は、子供があえて理系に進むのであれば、医学部にしなさいというでしょう。理工学部離れはあっても、医学部離れはないのです。医学部の方が待遇がよいことを親は知っているからです。

 理工系離れ、理科系離れ、理系離れを社会は問題視して「悪いこと」という風潮になっています。理科の先生で愛国者なら、何とか食い止めないとと思うかも知れません。しかし、そのような善意こそが、子供達を不遇へと送ることになるかもしれないのです。
理工系離れ、理科系離れ、理系離れを、待遇の問題を避けて解決しようとすると、原因の除去にならず、多くの矛盾が噴出することになるのです。子供達も、理系の勉強は実験もあって大変だけど、暗い人が多くて地味で、女子も少なく、社会に出ても使われる立場で報われない傾向にあることを明確にあるいは薄々知っています。


IV.理工系の待遇 

 理工系離れ、理科系離れ、理系離れを、その待遇を改善しないで食い止めるというのは誤った考えです。それをすれば、国を救おうとして善意で理工系に進んだ人だけが、不遇を味わうだけです。

 しかし、社会はそのような方向にいこうとしています。これは、昔はうまくいったからです。しかし、今は情報が広く知れ渡ってきています。

 理工系離れ、理科系離れ、理系離れを、その待遇を改善しないで食い止めるというのは、日本が戦争のときに、ゼロ戦のパイロットを募集したのと同じです。熟練した質の高いパイロットは、日本の緒戦の勢いに貢献しました。しかし、日本は、パイロットを使い捨てにして死なせていったのです。しだいに、熟練していないパイロットが必死でかき集められました。しかし、人材が枯渇していったのです。人材の枯渇は見えにくいため、気づいたときには手遅れになっているのです。



 日本は、これから厳しい時代となり、経済競争のために、理工系、理系の人々がますます重要になります。しかし、日本は、その人の待遇を下げるでしょう。日本は国力が弱いため、経済競争に生き抜くために必死なのです。余裕がないから、これらの人を安く使い捨てることには、抵抗しがたい魅力があるのです。その魅力が信じがたいほど強いものであることを知らないのが、典型的な理系人間なのです。日本は、理系の地位向上運動がなされなければ、恐らくその魅力に負けるでしょう。歴史は繰り返すのです。

 理工系離れ、理科系離れ、理系離れは、人材枯渇のサインです。しかし、人材は必死でかき集められることになるでしょう。極端な話、誰でもいいから数集めをしようとするでしょう。もちろん、理工系の待遇はもっと低くなります。

 理工系、理系は重要だから大事にされると考えるのが、典型的な理科系人間です。すでに博士が増員されました。博士は日本にとって重要だからです。それでは、増員された博士の待遇はどうなったでしょうか。博士の地位は著しく低下し、就職もままならなくなりました。いわゆるポスドクの問題です。重要な人材でも、社会的に力がなければ、低く処遇されていき、最も国にとって重要な若者も、最も低く処遇されるのです。嘘だと思わるなら、
ポスドク1万人計画 について調べてみてください。

 日本にとって重要だから大事にされるという考えが、理科系的な思考なのです。

 さらに戦局が悪化すれば、理工系離れ、理科系離れ、理系離れを食い止めるどころか、日本のために、特攻隊として、これらの人々が大募集されるのです。国のために重要だと言われていた特攻隊の待遇はよかったでしょうか。死という待遇が与えられました。

 お国の一大事であるとして、お国のために死ぬことが良いとされました。今、理科系離れ、理工系離れ、理系離れが問題であるとして騒がれています。そして、理科系、理工系、理系に進むことが良いとされているのです。その意味を、このページを読む前にご存知でしたか。もっと希望的な観測を抱いていたのであれば、典型的な理系人間です。理工系離れ、理科系離れ、理系離れには、このような深い意味があるのです。

 日本の経済戦局が悪化すれば、これが人材育成と大増員の大合唱となっていくでしょう。そして、外国人を含む増員にともなって、その待遇は、救いようもないほど、低下していくでしょう。理系の地位向上運動が必要なゆえんです。


V.理科離れの解決策

 理工系離れ、理科系離れ、理系離れは、その待遇の改善によって解決することが一番の解決です。それ以外の、理科教室とか、子供の理科離れを食い止める教育とか、子供たちに科学アニメを見せるとか、科学イベントをやるなどは、効果が薄いでしょうこれらは、待遇の改善という一番日本がやりたくないことから、目を逸らしてしまう危険があります。

 待遇の改善策としては、若い頃の給与は、理工系の方が2割程度高くすべきでしょう。理工系の能力のピークは若い頃にあるので、若い頃に優遇しなければ、生涯賃金が釣り合わないからです。

 また、極めて優秀な理工系の人には、その社会貢献に見合った待遇が与えられるべきでしょう。

 このようなことを実現するには、理工系、理科系の人の広範な連帯が必要です。これは、文科系の人には自明なことなのですが、理科系の人にはそうではありません。理工系離れ、理科系離れ、理系離れを、誰かが防いでくれると期待してしまうのです。

 理工系、理系の人は、何か具体的な得がないと、自分から動こうとしない傾向があります。損得計算が合理的だからです。そのような合理的な損得計算が、理工系、理系の人は非常に得意です。そして、そのような合理性により、理系、理工系の待遇は下落していったのです。

 また、理工系、理科系の人は、人が良い人が多い傾向があるようです。耳障りのよい情報が流れていけば、すぐに誰かが将来待遇を引き上げてくれるだろうと考えてしまうのです。若い特攻隊員も、そうやって戦場に送られていったのです。

 理工系ばなれ、理系離れ、理科系離れ、理科離れの解決には色々と難しい問題がありますが、待遇改善、文理格差の是正がなければ、理工系離れ、理系離れ、理数系離れ、理科離れの解決はないでしょう。待遇改善、文理格差の是正に向けて、理系は連帯していかなければならないでしょう。

VI.理工系ばなれ、理科系ばなれ、理系ばなれの原因は除去されるか

 理工系ばなれ、理科系ばなれ、理系ばなれ、理科ばなれの原因は、はっきりしています。「医学部ばなれ」などというものはないのに、「理工学部ばなれ」、「理工ばなれ」があるのは何故かを科学的に考えれば分かるでしょう。なぜ人は、医学部に先を争って入学するのでしょうか。

 医学部の志望者が集まらずに、医者離れが社会問題化するということが起こらないのはなぜでしょうか?

 原因は昔からはっきりしています。理工系が大事なら近いうちに原因の除去が行なわれるだろうと考える人は、若い理工系の人だけでしょう。

 私は、現象世界の成り立ちに探究心を持ち、高校のときに物理学に没頭しました。現実を良く知っていた文系の人とは、社会的な待遇面で大きく差がついたのです。文系の人は「物理学など生きていくのに必要ない」といいました。生きていくって何なのかと反発もしました。しかし、よく考えると、文系の人は、ずっと賢かったし、大人だったのです。社会の現実を思い知らされたときの苦痛は耐えがたいものがありました。同じ犠牲者を二度と出してはならないと思ったのです。

「理工系.com」により詳しい情報がございます。

なお、理系の地位や待遇は、現在でも十分に高いとお感じになられる方もいらっしゃると思います。

人の価値観は多様であり、待遇についても、金銭面、出世のしやすさ、雇用の安定、自由、やりがい、仕事の面白さ、時間的余裕、勤務環境、人類への貢献度など多数の側面のどれに重点を置くかは人により異なります。また、個々人は、やりたいことや適性などもそれぞれ異なっています。人の価値観はそれぞれ異なるので、上に述べたことは、個々人の価値観や適性に応じて、あてはまらないと感じられることがあるでしょう。人の価値観は多様なので、理系の待遇はむしろ文系より高いと感じる人もいるはずです。たとえば、就職のしやすさを重視する人は、理系の方が就職がよいことが多いことを重要視するかもしれません。

特に、自分の選択している職業については、地位が高いと感じる傾向にあることに注意が必要です。たとえば、技術者に、技術者と医者とどちらが地位が高いかを質問すれば、技術者の地位は医者より高いと答える人が一定数存在するでしょう。これは、技術者になった人は、技術が好きで、技術にやりがいを見出すという価値観や、技術に医術よりも適性を持っている傾向が強いからです。だからこそ技術者になった人も多いでしょう。中には仕事が給料の割りにきついどころか、技術が楽しいと感じ、むしろ医者の方が給料の割りにきついと考える技術者もいるでしょう。

ある価値観、考え方から見れば、技術者の方が医者より地位が高いのです。しかし、技術者離れと医者離れを比べれば、技術者離れの方が医者離れより問題になっているのではないでしょうか?医学部に志望者が集まらなくて医者離れが深刻だという話は聞きません。

技術者の地位が高いという価値観を根拠に、技術者の地位向上の必要性を否定する技術者もいるでしょう。しかし、重要なのは、将来の技術者となるかどうかを決める若者の動向です。現在の技術者の一部が、技術者の地位は十分に高いと感じても、仮に現在の若者が、理工学部より医学部に進んで医者になる方が地位が高いと感じるのであれば、技術者離れが生じます。

社会の中では、理系離れの方が文系離れよりは相対的には問題とされているのであれば、理系の地位向上は、文系の地位向上より重要なのではないでしょうか?多くの人が理系の地位向上のために積極的に動けば、理系の地位は向上すると思います。

そして、理系の地位を向上させることにより、理系離れの原因を根元から断ち切ることができるのです。

ご意見・ご感想は掲示板へどうぞ



本ページは、リンクフリーです。Copyright © rikoukei at 理工系の地位向上の会 2006. All Rights Reserved.